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すけこむブログ

カメラが好きな都内在住31歳男性の写真ブログ。ニコンD810を愛用。2歳児の子育てにも奮闘中。

被写体への愛がなくても写真は楽しいし、機材や技術があればもっと楽しくなる

ライフログ

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いい写真を撮るには機材や技術なんて必要なくて、被写体に対する愛さえあればいい。と書かれた記事を見てものすごく違和感を感じまして。趣味で写真を撮ってるアマチュアの一人として、ちょっと意見を書いてみます。

愛する家族だからこそいい機材で撮りたい

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子どもの写真を撮るとき、たっぷりの愛情がそこにはあります。ですがそれだけでいい写真が撮れるなら苦労はしません。私の場合、愛があるからこそもっとこういう風に撮りたい、もっといい写真を撮りたいと思う。新しい機材が欲しいとか、もっと技術を身に着けたいと思う。

例えば走りまわる娘の写真をきれいに撮りたいと思ったら、AFエリアが広いカメラとAFの速いレンズが欲しくなる。ピントのあってない写真も味が合っていい、という意見も理解できますが限度があるでしょう。どんな状況でもちゃんとピントのあった写真を残したいのが本音。

私としては愛する娘だからこそ、スマホのカメラじゃなくて一眼レフで撮った写真をたくさん残したい。以前マイクロフォーサーズのカメラも使ってたけど、センサーサイズの大きさは伊達じゃない。いいカメラといいレンズで娘の成長を撮り続けていきたい。技術も身に着けて、一瞬の表情をばっちり撮れるようになりたい。愛だけじゃ足らない。

愛のない写真だって楽しい

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風景を撮ったり季節の花を撮ったりすることもありますが、家族写真を撮るときのような愛はそこに在りません。花を撮るのは好きですが、花を愛しているかと問われるとちょっと...大切に思う気持ちはありますけれども。

ポートレートを撮る機会も多いですが、モデルの方に対して愛があるのかと問われると、これもまたちょっと違和感。感謝の気持ちはありますが、愛...ではないように思う。

どういう構図で、どのくらいボカして、どういうレタッチで仕上げるかなどなど。被写体に対する愛はなくても、写真を撮る行為、作品として仕上げる行為が楽しい。スマホのカメラでもできることは多いですが、一眼レフならもっとできることが増える。そこに愛がなくても写真は楽しい。

他人に評価される写真を撮るなら技術や知識は必要

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そもそも「いい写真」の定義が曖昧ですが、趣味の範囲で写真を撮るなら自分が満足できればそれでいいってのが結論なように思います。記録程度の写真なら、記録としての役割を満たせればいいのに、他人から構図がダメだとか、主題がわかりづらいとか、ピントがあってないとか言われてもねえ。

「いい写真」を他人から評価される写真として考えるなら、学ばないといけないことは多い。本を見て学べることもありますが、実体験として結局はたくさん撮ることに尽きると思う。撮ってみて、失敗して、また撮ってみての繰り返し。

去年からフォトコンテストにちまちまと出品し続けてはいますが、なかなか目立った結果を出せていないのが実情。他人に評価される「いい写真」を撮るのはすごく難しくて苦しい。それでも写真で他人に認められたい欲求はどうしても沸いてきてしまうので、懲りずに頑張ってみるわけです。

機材や技術云々よりセンスがない?そんなの誰よりも自分自身が理解しています。だけどセンスも学ぶことで身に着けていけるものだと思ってます。被写体に対する愛だけでいい写真が撮れるなら安いものです。

愛だけでいい写真は撮れない

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何を撮るかによると思いますが、被写体に対する愛はないよりあった方がいいと思います。でもそれだけでいい写真が撮れるようになるとは思いません。

いい写真じゃなくても、他人に評価される写真が撮れなくても、撮ることが楽しければそれで十分。新しい機材を買ったり、技術を学べばもっと楽しい。そこに愛がなくても自分が満足できるなら写真は楽しい。いい写真が撮りたいなら苦しくても楽しくなくても学ぶことは必要。私はそう思います。